上京区大宮通盧山寺上ル西入社横町に鎮座する古社。「いちいだにななのじんじゃ」と読み、春日大明神(天児屋根命・武甕槌命・斎主命ら22柱)を祀る。嘉祥3年(850年)に第55代・文徳天皇の皇后・藤原明子(染殿皇后、808〜872年)が懐胎を祈願して大和国三笠山の春日大神を勧請したのが起源と伝わり、皇后は無事に皇子(後の清和天皇)を出産した。「七野(ななの)」は船岡山麓一帯の七つの原野(紫野・禁野・柏野・北野・平野・蓮台野・内野)の総称で、当社はその総社として機能してきた。また、平安〜鎌倉時代には賀茂斎院(賀茂社に奉仕する斎内親王の御所)がこの地に置かれ、「紫野斎院」とも称された格式ある史跡でもある。
嘉祥3年(850年)、第55代・文徳天皇の皇后・藤原明子(染殿皇后)が大和国三笠山(奈良県)の春日大明神を山城国葛野郡の「櫟谷(いちいだに)」に勧請したのが当社の起源とされる。「七野(ななの)」の名は、船岡山周辺に広がった七つの野(紫野・禁野・柏野・北野・平野・蓮台野・内野)を指し、社はその七野の総社として機能した。皇后の祈願が叶って皇子(後の清和天皇、850〜880年)が誕生したことから、安産・縁結びの神として信仰された。
平安時代から鎌倉時代にかけて、当社の地域には賀茂社に奉仕する斎内親王(斎王)の御所・「紫野斎院(むらさきのさいいん)」が置かれた。斎院とは伊勢神宮の斎宮(さいぐう)に倣…