称名寺の裏山に位置する金沢北条氏一族の墓所で、開基・北条実時(1224-1276)をはじめ、二代目の顕時、三代目で第15代執権を務めた貞顕の墓が並ぶ。実時は北条義時の曾孫にあたり、鎌倉武士としては稀有な教養人で、和漢の書籍を精力的に収集して金沢文庫の礎を築いた。建治2年(1276年)に53歳で没し、自ら開基した称名寺に葬られた。墓所は山腹の木立に囲まれた静かな場所にあり、やぐら(鎌倉特有の横穴式墓所)の形式を残す。三代目の貞顕は元弘3年(1333年)の鎌倉幕府滅亡時に東勝寺で北条一族とともに自害しており、金沢北条氏の栄華と悲劇の歴史を物語る場所でもある。国の史跡に指定されており、称名寺庭園の散策とあわせて訪れたい。