熊野神社(旧称・柴岬大権現)は横浜市金沢区柴町に鎮座し、熊野櫛御気野神(くまのくしみけぬのかみ)・伊弉冊神・速魂男神を主祭神として祀る柴の鎮守である。創建年代は不詳ながら、古くより当地に鎮座していたと伝わり、応長元年(1311年)にこの一帯の海岸が大津波で壊滅的な被害を受けた際、柴の部落のみが熊野大権現の霊威によって難を免れたという。津波を逃れた近隣住民がこの柴の地を「越し場」として身を寄せたことが地名「小柴」の由来になったと伝えられ、当社の社名「柴岬大権現」もこの故事に由来する。寛文3年(1671年)に再建、文政8年(1825年)に拝殿が建造され、明治2年(1869年)の神仏分離令を機に「熊野神社」と改称、明治6年に村社に列せられた。大正14年(1925年)本殿新築、翌大正15年には神饌幣帛料供進神社に指定されている。境内には金刀比羅水神社・稲荷大明神・秋葉三尺坊が祀られ、漁村・湾岸地域…
熊野神社(柴町)の創建は明らかでないが、古くから現在地に鎮座し、旧称を「柴岬大権現」と称した。社伝によれば、応長元年(1311年)にこの附近一帯の海岸が大津波で壊滅した際、柴の部落だけが熊野大権現の霊威によって難を免れたという。被災を逃れた住民が柴の地を「越し場」として身を寄せたことから、後に「小柴」の地名が生まれたとも伝わる。同年の津波伝承は、近隣の洲崎神社の起源(長浜の住民が鎮守大六天と共に洲崎へ移住)とも符合し、応長津波の歴史的実在性を裏付ける重要な民俗資料となっている。江戸期に入り寛文3年(1671年)に社殿を再建、文政8年(1825年)に拝殿が建造された。明治2年(1869年)の神仏…