正嘉2年(1258年)、北条実時が六浦荘金沢の地に持仏堂を建立したのが始まりで、文永4年(1267年)に下野薬師寺で修行した審海上人を招いて真言律宗の寺院として開山した。金沢北条氏三代(実時・顕時・貞顕)にわたって整備が進められ、特に三代目・北条貞顕の時代に朱塗りの反橋と平橋を配した浄土式庭園が完成し、極楽浄土を地上に再現した壮麗な伽藍が誇られた。本尊の弥勒菩薩像は鎌倉時代の作で国の重要文化財に指定されており、56億7千万年後に衆生を救済する未来仏への信仰を今に伝える。境内に隣接する金沢文庫は実時が収集した漢籍・和書・仏典を収蔵した日本最古の武家文庫で、中世日本の知の宝庫として学術的価値が極めて高い。元亨3年(1323年)の「称名寺絵図」(国宝)には当時の伽藍配置が詳細に描かれ、浄土式庭園の原型を知る貴重な資料となっている。元弘3年(1333年)の鎌倉幕府滅亡とともに金沢北条氏は滅び寺勢は…
正嘉2年(1258年)、北条実時が金沢の地に持仏堂を建立したのが創建の起源。文永4年(1267年)に下野薬師寺で修行した審海上人を招いて真言律宗の寺院として開山。実時の子・顕時、孫・貞顕の三代にわたり伽藍が整備され、特に貞顕の時代に浄土式庭園が完成した。金沢文庫は実時が蓄積した蔵書を基に形成され、和漢の書籍・仏典・古文書など約2万点が収蔵された日本最古の武家文庫。元弘3年(1333年)の鎌倉幕府滅亡により金沢北条氏は東勝寺で自害し、寺勢は急速に衰退。その後も法灯は守られ、近世には復興が図られた。昭和5年に金沢文庫が神奈川県立の博物館として再出発し、称名寺所蔵の文化財の研究・公開が進められている…