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清源院(戸塚)
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清源院(戸塚)
神奈川県
創建
1620
種別
寺院
アクセス
JR・横浜市営地下鉄戸塚駅から徒歩5分
神奈川県横浜市戸塚区戸塚町4907
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基本情報
寺院
創建 1620
406年目
御祭神・御本尊
歯吹阿弥陀如来
宗派
浄土宗
ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「歯吹阿弥陀如来」のご神徳に由来
概要
神奈川県横浜市戸塚区戸塚町に所在する浄土宗の寺院。山号は南向山、院号は長林寺、京都・知恩院の末寺。元和6年(1620年)、徳川家康の側女・お万の方(清源院殿閑誉理崇大禅定尼、1577-1647)の開基によって創建された。お万の方は40余歳で家康の側女の職を辞して彦坂小刑部元正に預けられ、岡津(戸塚区岡津町)の草庵で閑居していたが、元和2年(1616年)家康が駿府で危篤の報を聞いて駆けつけた際、安阿弥作の阿弥陀如来像を下賜された。家康他界後、この阿弥陀像を安置する霊地を求め、元和6年(1620年)当地に一宇を創建したのが寺の起源。寺号は寛永24年(1647年)のお万の方の法号「清源院殿」に由来する。境内には松尾芭蕉の句碑(「世の人の見付ぬ花や軒の栗」)、徳本上人名号塔、心中句碑、お万の方供養碑などが点在する文学史跡でもある。本尊の「歯吹阿弥陀如来像」は毎年施餓鬼会で開帳され、江戸時代は参勤交…
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由緒
元和6年(1620年)、徳川家康の側女・お万の方が家康没後、駿府で下賜された安阿弥作阿弥陀如来像を安置するため創建した浄土宗寺院(京都知恩院末)。寺号はお万の方の法号「清源院殿」に由来。境内に松尾芭蕉句碑・徳本上人名号塔・お万の方供養碑が点在。江戸期は参勤交代の大名行列が槍を横にして通過した徳川家縁故寺院。
徳川家康とのつながり
徳川家康は多くの側女をもうけたが、そのうち「お万の方」は晩年の家康が特に寵愛した側室の一人。家康が大坂の陣(1615年)前後からお万の方は側室の職を辞し岡津の草庵で閑居していたが、元和2年(1616年)家康が駿府で危篤に陥った報を受けて急ぎ参上、死の床で安阿弥(快慶作と伝わる)の阿弥陀如来像を下賜された。家康他界後、お万の方はこの阿弥陀像を安置するため戸塚の地に一宇を建立——それが清源院である。徳川家ゆかりの由緒から江戸期には参勤交代の大名行列が寺の門前を通過する際、敬意を表して槍を横倒しにして通ったと伝わる。家康の信仰と女性たちへの縁を今に伝える東海道戸塚宿の文化史跡。

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