慶長6年(1601年)、伊達政宗は青葉山の断崖絶壁を利用した天然の要害に仙台城の築城を開始し、翌慶長7年(1602年)に一応の完成をみた。62万石の大藩にふさわしい壮大な縄張りを持ちながら、政宗は意図的に天守閣を設けなかったとされる。これは徳川幕府への反意を示さないための配慮であったとも伝わる。江戸時代を通じて城は伊達家歴代藩主のもとで整備・拡張が続けられ、本丸・二の丸・三の丸からなる巨大な城郭を形成した。明治維新後、廃藩置県(1871年)を経て城は政府に接収され、陸軍の施設として利用された。1945年の仙台空襲により二の丸など多くの建造物が焼失し、往時の面影は石垣にのみ残る。戦後、本丸跡には…