城山は鹿児島市中心部に位置する標高107メートルの丘陵で、中世には上山城(じょうやまじょう)が築かれたとされ、薩摩の要害として機能したと伝わる。近世には城下町鹿児島の背景をなす地として薩摩藩の象徴的な景観を形成した。近代に入り、明治10年(1877年)に西南戦争が勃発すると、西郷隆盛率いる薩軍は各地で政府軍に敗れ後退を続けた。同年9月1日、西郷ら残存兵約370名は城山に立て籠もり、7万を超える政府軍の包囲を受けた。9月24日未明、政府軍の総攻撃が開始され、西郷は山麓の洞窟を最後の司令部として戦いを指揮した。同日早朝、西郷は銃弾を受けて負傷し、「もうここでよか」と言い残した後、別府晋介の介錯によ…