寶光寺の歴史は少なくとも中世に遡ると伝わり、真言宗の法灯のもと豊中市北部でその名を刻んできた。石橋の地はかつて能勢街道沿いの要衝として旅人や行商人が行き交い、近江・北河内方面からの巡礼者も往来した交通の拠点であった。こうした立地から寺院は旅の安全と息災を願う人々の参詣を集めてきたとされる。江戸時代中期に摂津国八十八箇所霊場が整備されると、寶光寺は第44番札所として霊場に列せられた。四国遍路を模したこの巡礼路は、遠方への旅が困難な庶民に弘法大師の功徳を届けるものとして広く普及し、仏法という「宝の光」を掲げる境内は大師の加護を求める参詣者が絶えず訪れる霊場として今日に至る。