光照寺の創建年代は詳らかでないが、真言宗の古刹として豊中の地に法灯を守り続けてきたと伝わる。弘法大師空海が説いた密教において、大日如来の光明はすべての衆生を無差別に照らすと説かれ、光照寺の寺号はまさにこの思想を体現する。中世には摂津国の地域住民や旅人が参詣を重ね、御堂や仏像が大切に護持されてきたとされる。江戸時代中期に摂津国八十八箇所霊場が四国遍路の「写し」として整備されると、光照寺は第42番札所に列せられた。以来、阪急豊中駅周辺の市街地にあって仏の光明に照らされることを願う参詣者が大師信仰のもとに集い、豊中市の信仰の要所として現代まで親しまれてきた。