豊中市は江戸時代には摂津国豊島郡の農村地帯であり、大坂近郊の田畑と集落が広がる地域であった。摂津国八十八箇所霊場は文化年間(1804〜1818年)頃に整備され、太光寺は第36番札所として大阪市内から豊中市へと続く北摂巡礼路の最初の拠点となったとされる。「太光(たいこう)」の名が示す光明思想は、弘法大師が伝えた密教の根幹をなす教えで、大日如来(宇宙仏)の智慧の光が一切の衆生を照らすという信仰に由来する。弘法大師はその著書や詩偈において光明の比喩を多用し、真言宗の寺院に光にまつわる寺号が多いのもこの思想の影響とされる。四国八十八箇所の写し霊場として設けられた摂津の巡礼路は、都市部の大坂商人・市民が…