正岡子規(1867〜1902)は松山藩士の家に生まれ、現在の松山市末広町付近に位置した旧居で17歳頃まで少年時代を過ごした。この旧居は子規が学問に励み、俳句・漢詩への関心を育んだ場所として知られる。明治維新後、子規は上京して東京大学予備門に進み、やがて近代俳句・短歌の革新者として文学史に名を刻んだ。子規の没後も旧居は松山における文学的聖地として市民に記憶され続けた。1946年(昭和21年)、正宗寺境内に子規の旧居を復元した記念堂「子規堂」が建立された。堂内には少年期の勉強部屋が再現され、愛用の机や俳句手稿などゆかりの品々が展示されている。また坊っちゃん列車の模型をはじめ松山の近代史に関わる資料…