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松山城
創建
1602
種別
アクセス
JR松山駅から路面電車約10分「大街道」下車、ロープウェイ約5分
愛媛県松山市丸之内
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基本情報
創建 1602
424年目

この地で詠まれた句
1

松山や秋より高き天守閣
正岡子規
季語
秋(秋)
故郷・松山城の天守を詠んだ子規の句。秋空よりも高々と聳える天守閣への誇らしさと郷愁が滲む。

お祭り・行事
1

8月
11
松山まつり
毎年8月に開催される松山市最大の夏祭り。野球拳踊りを中心に約1万人が踊り歩く「野球サンバ」が名物。松山城周辺が祭り一色に染まり、花火大会も行われる。
概要
現存十二天守のひとつ。標高132メートルの勝山山頂に聳える連立式天守は四国を代表する名城で、加藤嘉明が慶長7年(1602年)に築城を開始し、松平氏が延宝4年(1676年)に完成させた。ロープウェイやリフトで登れ、眺望も抜群。秋山好古・真之兄弟もこの城下で育ち、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の舞台となった。日本100名城のひとつとして年間多くの観光客が訪れる愛媛・松山を象徴する名城。
由緒
慶長7年(1602年)、賤ヶ岳の七本槍のひとりとして知られる加藤嘉明が、標高132メートルの勝山に築城を開始した。完成までには実に四半世紀以上を要し、嘉明はその間に会津へ転封となった。その後、蒲生忠知が城主となり、寛永12年(1635年)に蒲生氏が断絶すると、松平定行が入城して以降は松平氏が代々城主を務めた。天守は寛永19年(1642年)に落雷により焼失し、長らく再建されなかったが、松平氏のもとで工事が進められ、延宝4年(1676年)に三重天守が完成した。さらに天明4年(1784年)に再び落雷で焼失し、現在の三重三階連立式天守は天保4年(1833年)から嘉永2年(1849年)にかけて再建された…
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