慶長7年(1602年)、賤ヶ岳の七本槍のひとりとして知られる加藤嘉明が、標高132メートルの勝山に築城を開始した。完成までには実に四半世紀以上を要し、嘉明はその間に会津へ転封となった。その後、蒲生忠知が城主となり、寛永12年(1635年)に蒲生氏が断絶すると、松平定行が入城して以降は松平氏が代々城主を務めた。天守は寛永19年(1642年)に落雷により焼失し、長らく再建されなかったが、松平氏のもとで工事が進められ、延宝4年(1676年)に三重天守が完成した。さらに天明4年(1784年)に再び落雷で焼失し、現在の三重三階連立式天守は天保4年(1833年)から嘉永2年(1849年)にかけて再建された…