秋山好古(1859〜1930年)と秋山真之(1868〜1918年)の兄弟は、現在の愛媛県松山市歩行町に生まれた。兄・好古は陸軍大将として騎兵戦術の近代化に尽力し、日露戦争(1904〜1905年)においてコサック騎兵と対峙しながら満州の戦線を指揮した。弟・真之は海軍中将として日本海海戦(1905年)の作戦立案を担い、バルチック艦隊を撃破する戦略の中核を担ったとされる。兄弟の生家はその後取り壊され、長らく跡地のみが残っていた。2005年、松山市が兄弟の功績と歴史的意義を後世に伝えるため、生家を復元した記念施設を整備・開館した。施設内には兄弟の生涯や日露戦争に関する資料が展示されるほか、庭には好古の…