名古屋市中区伊勢山に鎮座する神社で、天照皇大神・熱田大神・加具土大神の三柱を祀る。「伊勢山」という地名の起源そのものが、この神社に由来する。かつて古渡(ふるわたり)の中央に七つの丘が連なり「山の内」と総称されていたが、その一つ「おいせ山」に伊勢神宮から伝来した巻物が奉納され、伊勢神明社として祀られたことが地名の始まりである。南北朝時代の戦乱を逃れた巻物が古墳の丘に移され、慶長年間(1596〜1614年)には伊勢御師が巡拝の折に巻物を納めたことから「巻の森」の異称でも知られるようになった。元禄年間発刊の『尾張名所図会』にも記され、江戸期から地域に親しまれてきた古社である。第二次世界大戦の空襲で社殿の多くを焼失したが、戦後に再建された。境内には豊春稲荷社・天王社・塩竈社が祀られ、地下鉄東別院駅近くという都心の立地ながら、古墳上の鎮守の杜が往時の面影を残す。
古渡の地にあった「山の内」と呼ばれる七つの丘のうち「おいせ山」に、伊勢神宮から伝来した巻物が奉納されたことを創祀とする。南北朝時代(14世紀)、伊勢神宮が戦乱に巻き込まれた際、秘宝の巻物が尾張のこの地へ運び込まれ、古墳の丘上に鎮祀されたと伝わる。慶長年間(1596〜1614年)には伊勢御師が巡拝の際に巻物を納め、地は「巻の森(まきのもり)」とも呼ばれるようになった。元禄年間(1688〜1703年)刊行の尾張の地誌『尾張名所図会』にも掲載され、江戸期から中区・古渡地域の鎮守として広く信仰された。明治11年(1878年)に周辺地域が名古屋区へ編入される際、「伊勢山町」の町名が成立し、神社名が地名と…