白雉2年(651年)、佐白山中で狩人が霊夢を得て千手観音を感得し、自ら観音像を刻んで安置したのに始まると伝わる。当初は「三白山三体妙地蔵尊福寺」と号し、平安期には僧兵を擁する大寺となったが、鎌倉初期に笠間氏の築城(笠間城)に伴い山下に移された。江戸時代には徳川幕府の保護を受けて栄えたが、明治初期の神仏分離・廃仏毀釈により伽藍を失い本尊も民間に流出。1930年(昭和5年)に現在地で再建され、戦後は単立寺院化、1983年に「普門宗」を立宗、2012年に本来の寺号「正福寺」に復した。坂東三十三観音第二十三番札所として、隣接する笠間稲荷神社(日本三大稲荷の一つ)とあわせて多くの参拝者を迎える。本尊は秘…