文明11年(1479年)、足利一門・武蔵吉良氏の吉良左京大夫政忠が、父・頼高の菩提を弔うために開基したと伝わる曹洞宗寺院である(子・成高が建立したとの説もある)。吉良氏は世田谷城と並んで武蔵国蒔田を領し、その居館「蒔田御所(蒔田城)」の一角に当寺が営まれた。本堂西の山上には開基・吉良政忠の五輪石塔が残り、吉良家歴代の供養塔4基は「吉良家の供養塔」として横浜市の地域史跡に指定されている。戦国期に吉良氏が小田原北条氏の勢力下に入ると当寺もその庇護を受けた。武蔵吉良氏の興亡を今に伝える菩提寺として、蒔田の台地に法灯を守っている。