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蒔田城跡
神奈川県
足利一門・武蔵吉良氏の居城「蒔田御所」——世田谷と並ぶ吉良氏の拠点、菩提寺勝國寺とともに伝わる戦国の館跡
創建
1479
種別
史跡
アクセス
市営地下鉄ブルーライン蒔田駅から徒歩約8分
神奈川県横浜市南区蒔田町(横浜英和学院一帯)
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基本情報
史跡
創建 1479
547年目
概要
横浜市南区蒔田町の台地上にあった城館の跡。足利将軍家の一門・武蔵吉良氏の居城で、「蒔田御所」とも称された。吉良氏は世田谷城とともに蒔田を領し、成高から頼康の代にかけて当地を拠点とした。戦国期には小田原北条氏の勢力下に入り、北条氏と姻戚関係を結んだ。現在は横浜英和学院の敷地(本曲輪跡とされる)となり、大正期の造成で主要な遺構は削平されたが、周辺に空堀や腰曲輪の痕跡が残るとされる。菩提寺・勝國寺とともに吉良氏の史跡群を成す。
由緒
蒔田城は、足利将軍家の分家である武蔵吉良氏が室町〜戦国期に本拠とした城館で、「蒔田御所」の名で呼ばれた。吉良氏は世田谷城(現・東京都世田谷区)と蒔田の二拠点を領し、蒔田は久良岐郡一帯を治める要地であった。15世紀末の吉良成高、16世紀の吉良頼康の代に「蒔田御所」として栄えたが、戦国期に相模を制した小田原北条氏の勢力下に組み込まれ、吉良氏は北条氏と姻戚関係を結んで命脈を保った。現在、城跡は横浜英和学院の建つ台地上にあたり、本曲輪跡と伝わる。大正期の学院造成で主要遺構の多くは失われたが、周辺には空堀や腰曲輪と見られる地形が残るとされる。菩提寺の勝國寺に残る吉良政忠の五輪塔とともに、武蔵吉良氏の歴史…
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