蒔田城は、足利将軍家の分家である武蔵吉良氏が室町〜戦国期に本拠とした城館で、「蒔田御所」の名で呼ばれた。吉良氏は世田谷城(現・東京都世田谷区)と蒔田の二拠点を領し、蒔田は久良岐郡一帯を治める要地であった。15世紀末の吉良成高、16世紀の吉良頼康の代に「蒔田御所」として栄えたが、戦国期に相模を制した小田原北条氏の勢力下に組み込まれ、吉良氏は北条氏と姻戚関係を結んで命脈を保った。現在、城跡は横浜英和学院の建つ台地上にあたり、本曲輪跡と伝わる。大正期の学院造成で主要遺構の多くは失われたが、周辺には空堀や腰曲輪と見られる地形が残るとされる。菩提寺の勝國寺に残る吉良政忠の五輪塔とともに、武蔵吉良氏の歴史…