推古天皇元年(593年)、聖徳太子が四天王寺建立に際し、病人に薬草を施す福祉施設「施薬院」として創建した。太子がここで勝鬘経を講じ、経典の主人公である勝鬘夫人(シュリーマーラー)の仏像を安置したことから「勝鬘院」と称されるようになった。平安時代以降、本尊が愛染明王に替わり「愛染堂」とも呼ばれるようになる。元亀元年(1570年)から続いた石山合戦で伽藍を焼失したが、慶長2年(1597年)に豊臣秀吉が多宝塔を再建した。この多宝塔は大阪市内最古の木造建築物として現在も国の重要文化財に指定されている。元和4年(1618年)には徳川秀忠が金堂を再建。太平洋戦争中の1945年3月に行われた大阪大空襲では周…