593年(推古天皇元年)、聖徳太子が四天王寺建立に際して西方の地に創建したと伝わる。当初は四天王寺の施薬院として、病者の治療・救済を目的とした施設であったとされる。中世には戦乱により幾度か荒廃したが、その都度再建された。近世には豊臣秀吉が深く帰依し、現存する多宝塔(重要文化財)は秀吉によって再建されたものと伝わる。江戸時代には庶民信仰の場として栄え、本尊・愛染明王への縁結び・商売繁盛の祈願が広く行われた。明治期の神仏分離・廃仏毀釈の影響を受けながらも寺院としての法灯を維持し、現代に至る。毎年6月末に行われる「愛染まつり」は大阪三大夏祭りの一つとして定着しており、大阪の夏の風物詩となっている。