春帆楼の創業は明治時代初期にさかのぼり、現在地に近い下関市阿弥陀寺町に料亭兼旅館として開業したとされる。1887年(明治20年)には、時の内閣総理大臣・伊藤博文が当地を訪れた際にふぐ料理を賞味し、それまで禁止されていたふぐ食を山口県内で公許したと伝わる。これにより春帆楼はふぐ料理公許第一号の老舗として広く知られるようになった。最大の歴史的画期は1895年(明治28年)4月17日、日清戦争の講和会議の舞台となったことである。日本側全権代表・伊藤博文および外務大臣・陸奥宗光と、清国側全権代表・李鴻章らがこの地で会談を重ね、同日「下関条約(日清講和条約)」が調印された。この条約は台湾・遼東半島の割譲…