寺伝によれば、二代将軍源頼家・三代将軍源実朝という二人の我が子を相次いで失った尼将軍・北条政子が、その菩提を弔うために当寺を開基し、照清法印を開山に迎えたと伝わる(貞応元年=1222年の発願とも)。本尊の阿弥陀三尊は恵心僧都の作と伝わる。境内の尼将軍堂には、政子が女性と子供の守り本尊として自ら彫ったと伝わる「長二尺五寸許、玉眼を入て威厳ある姿」の北条政子木造坐像を安置する。「井土ヶ谷(上・中・下町)」の地名は政子の分領地に由来するとも伝わる。慶安2年(1649年)には江戸幕府から寺領三石六升の朱印状を受けた。鎌倉尼将軍の面影を横浜の地に伝える寺である。