慶長年間(1596-1615年)に創建されたと伝わる真言宗霊雲寺派の古刹で、当初は不動院浄仙寺と称したが、天明年間(1781-1789年)に観鏡光顕が中興し「大龍寺」と改称して現在に至る。北区田端という閑静な住宅地に佇むこの寺が**「子規寺」**の別名で全国の俳句ファンに知られるのは、近代俳句・短歌改革の祖**正岡子規(1867-1902年)**の墓所があるためで、子規自身が生前「静かな寺に葬って欲しい」と遺言した通り、脊椎カリエスの苦痛の中で俳句・短歌・写生文を確立した**子規**が35歳で没した後、当寺の静謐な境内に葬られた。境内には子規の墓とともに陶芸家**板谷波山**(文化勲章受章)、柔道家**横山作次郎**(講道館四天王)、実業家**大川平三郎**(製紙王)ら近代日本文化・産業史を彩る人物の墓も並び、田端文士村の文人墓地としての性格も帯びる。俳句・短歌ファン、近代文化史愛好者の聖…