俳人・歌人・随筆家として近代俳句・短歌に革新をもたらした正岡子規(1867〜1902)が明治27年(1894年)から亡くなる明治35年(1902年)まで暮らした旧居。旧加賀藩主・前田家の下屋敷であった上根岸の地に建つ平屋の草庵で、病床で『墨汁一滴』『病牀六尺』『仰臥漫録』などの名随筆を書き、子規庵を「写生」運動の拠点として高浜虚子・河東碧梧桐・伊藤左千夫・長塚節ら門人が集った近代文学の聖地。昭和20年の空襲で焼失したが、妹の律と門人らにより同23年に復元され、東京都の史跡に指定されている。室内には子規愛用の硯や原稿、庭には子規が愛でたヘチマ棚が再現され、毎年9月19日の「糸瓜忌」(子規の忌日)には俳句会が催される。