天橋立の南端・文珠地区に位置する臨済宗妙心寺派の古刹。山号は天橋山。大同3年(808年)に平城天皇の勅願寺として創建され、延喜4年(904年)に醍醐天皇から「天橋山智恩寺」の号を賜った。本尊は文殊菩薩(秘仏、年5日のみ開帳)で、奈良・安倍文殊院・山形・大聖寺とともに「日本三文殊」の一つに数えられ「切戸の文殊」「九世戸の文珠」と呼ばれる。縁起によれば、文殊菩薩が龍神を教化し、その龍が一夜で砂洲を築いたのが天橋立の起源とされる。多宝塔(1501年・重文)は雪舟の国宝「天橋立図」にも描かれた室町時代の建築で、丹後地方唯一の現存中世建築。合格・学業成就の御利益で知られ、受験シーズンには多くの参拝者が訪れる。
大同3年(808年)、平城天皇の勅願寺として創建されたと伝わる。延喜4年(904年)、醍醐天皇から「天橋山智恩寺」の号を賜り、以来丹後の重要な祈願寺として発展した。嘉暦年間(1326〜1329年)に禅宗(臨済宗)に転換。応永2年(1395年)には足利義満が参詣。永正10年(1490年)頃、鉄湯船(1290年制作・重文)と金鼓(1322年銘・重文)が伝来。明応10年(1501年)に多宝塔が完成し、まもなく雪舟が描いた国宝「天橋立図」(1500年頃)にその姿が記録された。寛永10年(1633年)に正式に臨済宗妙心寺派へ編入。明暦年間(1655〜1659年)に文殊堂(本堂)が現在の形に大改修される。…