寺伝によれば、慶雲元年(704年)に文武天皇の勅願寺として真応上人が開創したと伝わる。山岳修験の霊場として栄え、平安時代の説話集『今昔物語集』にも「成合観音」として登場する。応永7年(1400年)の山崩れで境内が倒壊し現在地に再建された。安永3年(1774年)再建の本堂は京都府指定有形文化財。本尊には「身代わり観音」の伝説が伝わる——雪山で飢えた修行僧が祈ると鹿が現れて命をつないだが、翌朝に本尊の腿が削り取られており観音の加護と悟ったという。本堂内の「真向の龍」は左甚五郎作と伝わり、どの角度からも目が合うとされる。梵鐘(慶長13年・1608年鋳造)は鋳造中に子どもが坩堝に落ちた悲話から「撞かず…