鶴ヶ峰稲荷神社が鎮座する旭区鶴ヶ峰一帯は、鎌倉時代の政争を決した「二俣川の戦い(ふたまたがわのたたかい)」の舞台として知られる。元久2年(1205年)6月22日、北条時政・義時父子は「畠山重忠が謀反を企てている」との讒言を口実に大軍を二俣川へ差し向けた。重忠は少数の手勢のみを率いて鎌倉へ向かう途中で突如包囲され、圧倒的な不利を悟りながらも勇猛に戦い続け、享年42歳で討ち死にした。清廉潔白で「坂東武者の鑑」と称えられた重忠の横死は後世まで語り継がれ、源実朝はその死を深く惜しんだと伝わる。現在の鶴ヶ峰には畠山重忠公史跡公園が整備され、その功績を偲ぶ石碑が建つ。稲荷神社自体は昭和25年(1950年)…