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山形県
Toku
上杉家廟所
山形県
米沢藩主・上杉家歴代12代の墓所で、国の史跡に指定されている
創建
1623 年
種別
史跡
アクセス
JR米沢駅からバス10分
山形県米沢市御廟1-5-30
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基本情報
史跡
創建 1623年
403年目
概要
米沢藩主・上杉家歴代12代の墓所で、国の史跡に指定されている。杉木立の中に上杉謙信の御廟を中心に両脇に歴代藩主の廟所が整然と並ぶ荘厳な景観で、杉の巨木の間を歩くと自然と厳粛な気持ちになる。謙信の遺骸は天正6年(1578年)の春日山城での死後、遷座を重ねて元和9年(1623年)にこの地に葬られた。二代景勝以後の歴代藩主も漆喰塗りの白壁と入母屋造りの御廟の下に眠る。樹齢400年を超える杉の巨木群と、整然と並ぶ12の御廟が生み出す荘厳な空気は、上杉家の歴史の重みを今に伝える。
由緒
上杉謙信は天正6年(1578年)、越後春日山城にて49歳で没した。その遺骸は甲冑に身を包んだまま漆で固められ、春日山城内に安置された後、慶長3年(1598年)の上杉景勝による会津転封に際して会津若松へ、さらに慶長6年(1601年)の米沢移封に伴い米沢へと遷座を重ねた。元和9年(1623年)、現在地である米沢城の南西に廟所が造営され、謙信の御廟がこの地に定まった。二代藩主景勝以降、歴代米沢藩主もここに葬られ、廟所は代を重ねるごとに整備・拡充された。明治維新後も上杉家の菩提所として維持され、昭和初期に国の史跡に指定された。現在は上杉謙信を中心に歴代12代藩主の廟が左右対称に整然と並び、樹齢400年…
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記
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辞
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