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上杉神社(米沢)
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上杉神社(米沢)
山形県
創建
1876
種別
神社
アクセス
JR米沢駅から徒歩約20分
山形県米沢市丸の内1-4-13
Google Map で開く ↗
基本情報
神社
創建 1876
150年目
御祭神・御本尊
上杉謙信
上杉鷹山

お祭り・行事
2

4月
29
米沢上杉まつり
今月開催
上杉謙信の武者行列と川中島合戦の再現が見どころ。約20万人が訪れる米沢最大の祭り。
もっと詳しく · 1
概要
戦国時代の名将・上杉謙信と、江戸時代の名君・上杉鷹山を祭神とする神社。米沢城址(松が岬公園)に鎮座し、上杉氏ゆかりの神社として全国から参拝者が訪れる。上杉謙信は越後の戦国大名として川中島の戦いで武田信玄と激闘を繰り広げ、「義」を重んじた武将として知られる。伊達政宗とも激しく対立し、摺上原の戦い後は政宗の南奥州制覇を阻止するために上杉景勝が会津に入った。上杉鷹山は財政危機に瀕した米沢藩を改革した名君で、「為せば成る」の言葉で有名。神社境内には謙信・景勝・兼続らの遺品を展示する稽照殿がある。毎年4月の上杉まつりでは甲冑武者行列が行われる。
由緒
上杉神社は、米沢城の本丸跡に鎮座する神社である。1601年(慶長6年)、関ヶ原の戦い後に上杉景勝が会津から米沢へ転封されて以来、米沢は上杉氏の城下町として栄えた。上杉家では藩祖・上杉謙信を藩の守護神として崇敬し、江戸時代を通じて城内に廟所が設けられ祀られてきた。1871年(明治4年)の廃藩置県後、米沢藩の廃藩に伴い城郭は失われたが、1876年(明治9年)に謙信を主祭神として正式に神社が創建された。1923年(大正12年)の火災で社殿が焼失したが、1925年(大正14年)に現在の社殿が再建された。昭和に入り、藩政改革で知られる名君・上杉鷹山も合祀され、謙信とともに祭神として祀られるようになった。…
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関連する歴史的事件
1

1561
川中島の戦い(第四次)
1561年9月10日、信濃国川中島(現在の長野県長野市川中島)で行われた武田信玄と上杉謙信の第四次合戦。五回に及ぶ川中島合戦の中で最大・最激烈な戦いとして知られる。謙信が「啄木鳥戦法」を見抜いた信玄の軍勢と川霧の中で激突し、両軍合わせて一万人以上の死傷者を出したとされる。謙信が信玄の本陣に斬り込み、信玄が軍扇で受けとめたという一騎討ちの伝説は後世に語り継がれている。両軍とも決定的な勝利を得られないまま引き分けとなったが、日本戦国史上最も有名な合戦として、両雄の気概と戦略が語り継がれる。
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伊達政宗とのつながり
摺上原の戦いで蘆名氏を滅ぼした政宗に対抗するため、豊臣秀吉は上杉景勝を会津120万石に封じた。これにより政宗と上杉氏は接境し、東北における両雄の緊張関係が続いた。

ゆかりの人物
1

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