創建年代は不詳。『芝區誌』によれば、もとは徳明寺と称した寺院で、文化8年(1811年)に正満寺と改められたと伝わる。山号を樹谷山と号し、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の末寺として高輪の地に営まれてきた。中興の僧は貫練と伝えられる。江戸時代の高輪一帯は東海道の起点に近く、寺院や大名屋敷が集まる地域で、当寺もそうした寺町の一画として庶民や近隣の武家の信仰を集めた。本尊の阿弥陀如来を仰ぎ、阿弥陀仏の本願による他力念仏の教えを説いてきた。明治期には寺の正面に明治学院が開かれ、現在も明治学院大学の向かいに位置する。関東大震災や戦災を経ながらも法灯を守り、高輪台の住宅地に囲まれて静かに念仏の伝統を伝えている…