元和2年(1616年)秋、小倉藩主・細川忠興が愛宕山で鷹狩をした際に旧い祠を発見したことが契機となり、翌元和3年(1617年)9月、城下・鋳物師町に愛宕山の祠と松の根元にあった別の祇園社を合祀して社殿を造営した。社号を「小倉祇園社感応院」と称し、翌元和4年(1618年)から夏祭りに太鼓神事が始まったことが「小倉祇園太鼓」の源流とされる。寛永9年(1632年)、細川氏が熊本へ転封となった後も小笠原氏が小倉藩の総鎮守として当社を篤く崇敬し、社殿の整備・維持を続けた。明治維新後の神仏分離令により「八坂神社」と改称され、初代福岡県令として赴任した有栖川宮熾仁親王が「八坂神社」の神号を親筆で書き与えたと…