嘉永7年=安政元年(1854年)、横浜に来航したペリー艦隊の水兵が事故死し、ペリーは「海の見える場所」への埋葬を幕府に求めた。これに応じて山手の地が墓地として提供されたのが起源と伝わる。文久元年(1861年)、各国との取り決めにより外国人専用墓地として正式に区画され、以後、開港場・横浜に生きた各国の商人・技師・宣教師・外交官が葬られた。日本最初の鉄道建設を指導したエドモンド・モレル夫妻、女子教育に尽くしたメアリー・キダー、日本の桜を世界に広めたエリザ・シドモアらの墓があり、幕末・明治の国際交流史を刻む聖域となっている。現在は公益財団法人横浜外国人墓地が維持管理する。