[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
横浜外国人墓地
神奈川県
「海の見える丘」に眠る約40か国4400人——ペリー艦隊の水兵埋葬に始まり、モレルやシドモアら近代日本の恩人が眠る山手の墓所
創建
1854
種別
史跡
アクセス
みなとみらい線元町・中華街駅からアメリカ山公園経由で徒歩約7分
神奈川県横浜市中区山手町96
Google Map で開く ↗
基本情報
史跡
創建 1854
172年目
概要
横浜市中区山手町に広がる外国人専用の墓地。安政元年(1854年)、ペリー艦隊の水兵の埋葬地として「海の見える場所」に設けられたのが起源とされ、文久元年(1861年)に外国人墓地として正式に定められた。もとは増徳院(真言宗)の境内地であった。約40か国・4400人以上が眠り、鉄道技師エドモンド・モレル、フェリス女学院創立者メアリー・キダー、日本の桜を世界に広めたエリザ・シドモアら、近代日本に貢献した人々の墓がある。
由緒
嘉永7年=安政元年(1854年)、横浜に来航したペリー艦隊の水兵が事故死し、ペリーは「海の見える場所」への埋葬を幕府に求めた。これに応じて山手の地が墓地として提供されたのが起源と伝わる。文久元年(1861年)、各国との取り決めにより外国人専用墓地として正式に区画され、以後、開港場・横浜に生きた各国の商人・技師・宣教師・外交官が葬られた。日本最初の鉄道建設を指導したエドモンド・モレル夫妻、女子教育に尽くしたメアリー・キダー、日本の桜を世界に広めたエリザ・シドモアらの墓があり、幕末・明治の国際交流史を刻む聖域となっている。現在は公益財団法人横浜外国人墓地が維持管理する。
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード