京都市伏見区醍醐(だいご)南里町に位置する浄土宗の寺院で、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の「醍醐の花見(だいごのはなみ)・1598年)」で知られる「醍醐(だいご)」地区に立つ。醍醐(だいご)は「醍醐寺(だいごじ・真言宗醍醐派の総本山・世界遺産)」を中心とする地域で、平安時代に醍醐天皇(だいごてんのう・897〜930年)の名前の由来ともなった名所。「醍醐の花見」は慶長3年(1598年)3月に秀吉が病身を押して催した最後の大宴会で、1,300本の桜と700人の女性を集めた絢爛豪華な花見として歴史に名を刻む。善願寺はこの歴史の地・醍醐に念仏の法灯を守る浄土宗の古刹。
醍醐の花見(だいごのはなみ)は慶長3年(1598年)3月15日に豊臣秀吉が醍醐寺(伏見区)で催した大規模な花見の宴のことで、秀吉が57歳にして死の年(同年8月18日没)に行った最後の大規模な催事。醍醐寺の境内には全国から1,300本の桜の苗木が集められて植えられ、淀君(よどぎみ)・前田利家の妻・松の丸殿(まつのまるどの)らを含む700人以上の女性を招いての盛大な宴となった。秀吉は「吉野・醍醐の花を観て残るくまもなく見てし哉(見てし哉)」という辞世の句を詠んだとも伝わる。醍醐寺(だいごじ)は貞観16年(874年)に聖宝(しょうぼう)が開創した真言宗の名刹で、醍醐天皇(第60代・897〜930年)…