三宝院は、醍醐寺第14世座主・勝覚僧正によって永久3年(1115年)に創建されたと伝わる。以来、醍醐寺の本坊として歴代座主の居所となり、寺務を総括する中枢的役割を担ってきた。中世には戦乱や火災によって建物が損壊する時期もあったが、真言宗小野流の拠点として法脈が維持された。近世に入ると、慶長3年(1598年)、豊臣秀吉が「醍醐の花見」を催した際に三宝院の庭園整備を命じ、自らも設計に関与したと伝わる。この花見は秀吉最後の花見となり、庭園はその後も継承された。江戸時代には徳川幕府の保護のもとで寺観が整備され、表書院・純浄観などの建築群が現在の形に整った。明治期の神仏分離令による影響を受けながらも法灯…