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国を閉じた将軍——徳川家光と鎖国の完成
1639年、徳川家光はポルトガル船の来航を禁止し、200年以上続く「鎖国」を完成させた。長崎の出島でオランダ・中国とだけ限定的に貿易を許可するこの体制は、キリスト教の禁止と幕府による貿易独占を狙ったものだった。鎖国がもたらした平和と独自文化を解説する。
深く読み解く一冊
目次
MOKUJI
一
なぜ国を閉じたのか
›
二
鎖国の完成
›
三
鎖国がもたらしたもの
›
四
ゆかりの地を訪ねよう
›
五
よくある質問
›
徳川家光肖像——1639年に鎖国を完成させ、200年の平和の礎を築いた三代将軍
Wikimedia Commons / Public Domain
「外国との交流を、ほぼ完全に断つ」——現代では考えられない政策ですが、江戸幕府は200年以上それを実行しました。それが「
鎖国(さこく)
」です。
その体制を完成させたのが三代将軍・徳川家光でした。
なぜ国を閉じたのか
鎖国の最大の理由は「キリスト教の禁止」でした。
16世紀後半、スペイン・ポルトガルの宣教師が日本にキリスト教を広めていました。幕府はこれを警戒しました。「キリスト教徒が増えれば、いずれ幕府に逆らう勢力になる」「ヨーロッパ諸国が日本を侵略する足がかりになる」という恐れです。
江戸城——鎖国体制のもとで徳川幕府が日本を統治した中枢。海外との窓口は長崎・出島に限られた
Wikimedia Commons / Public Domain
1637年に起きた島原の乱(キリシタン農民を中心とする大規模な反乱)は、幕府の警戒を決定的にしました。
鎖国の完成
家光は段階的に外国との交流を制限し、1639年にポルトガル船の来航を全面禁止しました。これで鎖国体制がほぼ完成しました。
ただし「完全に国を閉ざした」わけではありません。
相手国
貿易の窓口
オランダ
長崎・出島
中国(清)
長崎
朝鮮
対馬藩を通じて
琉球
薩摩藩を通じて
アイヌ
松前藩を通じて
キリスト教を布教しないオランダ・中国とは、長崎で限定的に貿易を続けました。「
出島(でじま)
」という人工島が、ヨーロッパへの唯一の窓口となったのです。
鎖国がもたらしたもの
日光東照宮——鎖国によって西洋の影響を断った時代、日本独自の絢爛豪華な装飾文化が花開いた象徴
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
鎖国には功罪があります。
良い面
:
•
200年以上の平和が続いた(大きな戦争がなかった)
•
独自の文化が発展した(浮世絵・歌舞伎・俳句など)
•
国内産業・農業が発達した
悪い面
:
•
西洋の科学技術から取り残された
•
幕末に欧米列強の軍事力との差を痛感することになった
鎖国は「平和と引き換えに発展の機会を逃した」とも評価されますが、独自の日本文化を育んだ時代でもありました。
ゆかりの地を訪ねよう
家光ゆかりの
日光東照宮
(栃木県)は、鎖国体制が完成した時代の徳川の権威を象徴する世界遺産です。
家光の霊廟
大猷院
(日光)も合わせて訪れたいスポットです。
徳川家光のゆかりの地一覧
でほかのスポットも確認してください。
よくある質問
「鎖国」という言葉は当時からあったの?
いいえ。「鎖国」という言葉は、ドイツ人医師ケンペルの著作を翻訳した際に1801年に作られた言葉です。江戸時代の人々は「鎖国している」という意識を持っていたわけではありませんでした。
鎖国中も外国の情報は入ってきたの?
はい。オランダから「オランダ風説書」という海外情報の報告書が幕府に提出されていました。幕府は世界情勢をある程度把握していました。
最終更新日:2026年6月3日
── 了 ──
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この記事の人物
徳
徳川家光
江戸幕府三代将軍
›
詣
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