三代将軍徳川家光の霊廟として日光山内に建立された壮麗な建築群。
東照宮を凌がぬようにとの家光の遺言から、やや控えめながらも絢爛豪華な造りとなっている。
仁王門・二天門・夜叉門・唐門と四つの門を通り抜けて本殿に至る参道が印象的。
二天門は日光山内最大の門で、高さ約9mの持国天・広目天像が安置されている。
夜叉門には四体の夜叉像が配され、中でも「牡丹の夜叉」は精緻な彫刻が見事。
唐門から本殿へ続く階段の両脇には美しい灯籠が整然と並ぶ。
本殿・相の間・拝殿は国宝に指定され、金と黒漆を基調とした重厚な装飾が特徴。
天井には140枚の龍の絵が描かれ、見る角度によって表情が変わるとされる。
東照宮の華やかさとは異なる、落ち着きと品格を備えた霊廟建築の傑作。
315棟の建造物が世界遺産「日光の社寺」の構成資産として保護されている。
慶安4年(1651年)、三代将軍徳川家光が薨去し、その遺命により日光山に霊廟が建立された。
家光は祖父家康を深く崇敬し、「死しても東照大権現のお側に仕えたい」と遺言した。
造営は四代将軍家綱の命により、老中酒井忠勝が総奉行を務めた。
承応2年(1653年)に完成し、大猷院殿の法号から「大猷院」と称された。
建築には東照宮の技術を受け継ぎつつも、より抑制された美しさが追求された。
金箔と黒漆を基調とした色彩は、東照宮の極彩色とは対照的な重厚さを持つ。
仁王門の金剛力士像は運慶の流れを汲む鎌倉時代の作と伝えられる。
夜叉門の四体の夜叉は、東西南北の守護神として霊廟を守護している。
江戸時代を通じて…