聖地マップ
みんなの投稿
記録
辿る
マイページ
‹
栃木県
Toku
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
大猷院
栃木県
「東照宮を超えるな」の遺言を守った徳川家光の国宝霊廟
創建
1653 年
種別
寺院
アクセス
JR日光駅・東武日光駅からバス約15分
栃木県日光市山内2300
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1653年
373年目
御祭神・御本尊
阿弥陀如来
→
宗派
天台宗
→
概要
三代将軍徳川家光の霊廟として日光山内に建立された壮麗な建築群。 東照宮を凌がぬようにとの家光の遺言から、やや控えめながらも絢爛豪華な造りとなっている。 仁王門・二天門・夜叉門・唐門と四つの門を通り抜けて本殿に至る参道が印象的。 二天門は日光山内最大の門で、高さ約9mの持国天・広目天像が安置されている。 夜叉門には四体の夜叉像が配され、中でも「牡丹の夜叉」は精緻な彫刻が見事。 唐門から本殿へ続く階段の両脇には美しい灯籠が整然と並ぶ。 本殿・相の間・拝殿は国宝に指定され、金と黒漆を基調とした重厚な装飾が特徴。 天井には140枚の龍の絵が描かれ、見る角度によって表情が変わるとされる。 東照宮の華やかさとは異なる、落ち着きと品格を備えた霊廟建築の傑作。 315棟の建造物が世界遺産「日光の社寺」の構成資産として保護されている。
由緒
慶安4年(1651年)、三代将軍徳川家光が薨去し、その遺命により日光山に霊廟が建立された。 家光は祖父家康を深く崇敬し、「死しても東照大権現のお側に仕えたい」と遺言した。 造営は四代将軍家綱の命により、老中酒井忠勝が総奉行を務めた。 承応2年(1653年)に完成し、大猷院殿の法号から「大猷院」と称された。 建築には東照宮の技術を受け継ぎつつも、より抑制された美しさが追求された。 金箔と黒漆を基調とした色彩は、東照宮の極彩色とは対照的な重厚さを持つ。 仁王門の金剛力士像は運慶の流れを汲む鎌倉時代の作と伝えられる。 夜叉門の四体の夜叉は、東西南北の守護神として霊廟を守護している。 江戸時代を通じて…
もっと読む
巡礼コース
日光コース
0 / 5 スポット
→
日光街道
0 / 5 スポット
→
ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来」のご神徳に由来
記
関連記事
— 2
余
「余は生まれながらの将軍である」——徳川家光の自信と幕府の完成
徳川幕府三代将軍・家光は、諸大名を前に「余は生まれながらにして将軍である」と宣言した。祖父・家康、父・秀忠が築いた幕府を「当然のもの」として受け継いだ三代目は、参勤交代の制度化など幕府支配体制を完成させた。徳川260年の礎を固めた家光の治世を解説する。
era
›
国
国を閉じた将軍——徳川家光と鎖国の完成
1639年、徳川家光はポルトガル船の来航を禁止し、200年以上続く「鎖国」を完成させた。長崎の出島でオランダ・中国とだけ限定的に貿易を許可するこの体制は、キリスト教の禁止と幕府による貿易独占を狙ったものだった。鎖国がもたらした平和と独自文化を解説する。
era
›
みんなの投稿
0
+
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
あわせて巡りたい
輪
輪王寺
1250年の法灯を守る日光山の総本堂・三仏堂に輝く高さ8mの金色の三体仏
223m
→
日光東照宮
徳川家康を祀る世界遺産・極彩色の陽明門
335m
→
開
開山堂(輪王寺)
日光を開いた勝道上人を祀る輪王寺の御廟・1200年以上の開山の志を今に伝える
516m
→
四
四本龍寺
766年に勝道上人が最初に建てた日光山発祥の寺・四龍が天降って護る古刹
577m
→
神
神橋
大蛇が橋に化したと伝わる日本三大奇橋・日光の入口を飾る朱の名橋
339m
→
二
二荒山神社(本社)
767年創建の世界遺産・縁結びの御利益で名高い日光三山の総鎮守
381m
→
光
光樹院
栃木県日光市に所在する光樹院
273m
→
医
医王院
栃木県日光市に所在する医王院
303m
→
記
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
›
事実と違う内容を報告
›
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
+
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
✕