日光山の宗教的来歴は、家康の神格化よりはるかに遡る。勝道上人による開山(天平神護二年・766年)以来、日光山は山岳修験の霊地として、天台・真言の両宗派の修行者が拠点とした。中世には「二荒山大権現」「男体山大権現」として土着の山岳信仰と仏教・神道が習合した独特の宗教空間を形成していた。
家康の神格化は、この既存の聖地に「東照大権現」という新たな権現を上書きする形で行われた。天海が山王一実神道を選んだのは、日吉大社(滋賀)の影響圏にある天台的宗教理論であり、日光山の既存の天台的伝統と整合する点でも合理的であった。
輪王寺・日光二荒山神社・日光東照宮という三施設は、それぞれ中世の修験道的聖地・古代からの山岳信仰・近世の将軍神格化という異なる宗教的時代を体現している。この三者が隣接する空間は、日本の宗教史を凝縮した博物館と言っても過言ではない。
日光という霊地は、徳川家康の神格化という政治的意図と、古代以来の山岳修験という宗教的伝統が重層する独特の空間である。日光東照宮の豪華絢爛な彫刻群と、二荒山神社中宮祠の静謐な山岳参拝という対照は、同じ「日光山」という空間が持つ多層的な宗教的時間を体現している。権現造の美と山岳信仰の厳粛さを、一日で対比的に体験することが日光巡礼の核心である。
日光山の歴史的変遷——古代修験から中世天台、近世における家康神格化まで——は、日本の宗教史全体の縮図として理解できる。その変遷を一つの山岳霊地の中に辿れることが、日光の世界遺産としての本質的価値である。日光東照宮・輪王寺・日光二荒山神社を廻ることで、日本宗教史の主要な層位が一望できる。