実際は約80日で築造されました。「一夜」とは、周囲の木々で覆って建設を隠し、完成日に一斉に木を伐採して姿を現した心理戦の演出を指します。北条方からは突如城が現れたように見え、戦意を大きく挫きました。
「一夜城ヨロイヅカファーム」併設の無料駐車場があります。城跡まで徒歩5分。早川駅・箱根板橋駅からの徒歩は急な山道で約40分かかるため、車・タクシー利用が一般的です。
本丸跡の南側に「茶屋曲輪」と呼ばれる平地があり、千利休の茶会が催された場所と伝わります。能舞台も同地区に設けられたとされます。現在は石垣のみが残ります。
近隣の山々や海岸の岩石を切り出して使ったとされます。秀吉軍には穴太衆(あのうしゅう)という近江出身の石垣職人集団が随行しており、彼らの技術で短期間の総石垣築城が実現しました。
石垣山は小田原城の南西、笠懸山の山頂に位置し、城下町を完全に見下ろせます。籠城する北条方には常に「秀吉が見ている」という心理的圧迫を与え続けました。両城を一日で巡ることで、攻城戦の構図が立体的に理解できます。