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建築
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ARCHITECTURE
箱根・早雲寺——北条五代百年の菩提寺と臨済宗の名刹完全ガイド
大永元年(1521年)北条早雲の遺命により氏綱が創建した早雲寺は、北条五代(早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直)百年の菩提寺。京の大徳寺八十三世以天宗清を開山に迎えた臨済宗大徳寺派の名刹で、五輪塔・連歌師宗祇の墓・春の枝垂桜まで戦国の物語が静かに眠る。
目次
MOKUJI
北条早雲と寺の創建
北条五代の墓所
小田原合戦と寺の焼失
連歌師・宗祇との交流
枝垂桜と季節の見どころ
参拝時のポイント
ゆかりのスポット一覧
よくある質問
結論から言うと、早雲寺(そううんじ)は箱根町湯本に建つ大永元年(1521年)創建の臨済宗大徳寺派寺院で、戦国時代に関東を支配した北条五代(早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直)百年の菩提寺である。北条早雲(伊勢宗瑞)の遺命により子の氏綱が建立、京の大徳寺八十三世・以天宗清を開山に迎えた格式の高い禅刹で、境内の五輪塔群と連歌師・飯尾宗祇の墓、春の枝垂桜が戦国史好きの巡礼地となっている。本記事では創建、北条五代の墓、小田原合戦と寺の焼失、宗祇との交流、参拝のポイントを順に解説する。
北条早雲と寺の創建
1521年・氏綱による建立
早雲寺の創建は、大永元年(1521年)。北条早雲(伊勢宗瑞、1432頃-1519)の遺命により、子の北条氏綱が建立した。早雲は伊豆・相模の支配者として小田原北条氏の基礎を築いた人物。彼の死から二年後、その菩提を弔うために創建されたのである。
京の大徳寺との縁
開山(開祖)は、京の大徳寺八十三世・以天宗清(いてんそうせい)。早雲は晩年、京の大徳寺で参禅した縁から、その流れを汲む禅僧を迎えた。臨済宗のなかでも特に厳格な大徳寺派の道場として、早雲寺は北条氏の精神的な中心となった。
北条五代の墓所
戦国の関東の覇者たち
早雲寺には、北条五代(早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直)の墓所がある。小田原城を本拠として関東を支配した北条氏の、五代百年の歴史を閉じる墓地である。境内の奥に静かに並ぶ五輪塔は、戦国時代の関東の覇者たちの最後の姿を伝えている。
氏康・氏政の墓と戦国ファン
五代の墓のなかでも、特に氏康・氏政の墓には、戦国ファンが訪れる。氏康は名将として知られ、上杉謙信・武田信玄と並ぶ戦国の三傑とも称される人物。氏政は最後まで秀吉に抗した、北条氏滅亡時の当主である。氏政・氏照の墓所は小田原市内にも別途ある。
小田原合戦と寺の焼失
秀吉の本陣となった早雲寺
天正十八年(1590年)、豊臣秀吉の小田原攻めで、早雲寺は焼失した。秀吉自身がこの寺に陣を構え、その後石垣山城へ移った経緯がある。寺の建物は秀吉軍によって焼かれたが、北条五代の墓は破壊を免れた。
江戸期の再建
寺は江戸時代になって再建され、現在の姿となった。焼失と再建の歴史は、戦国から近世への移行を象徴する出来事である。江戸期以降は禅の修行道場として、また文化人の集まる場所として機能した。
連歌師・宗祇との交流
戦国の文化と武の融合
早雲寺には、戦国時代の連歌師・飯尾宗祇(いいおそうぎ、1421-1502)の墓もある。宗祇は当代一流の連歌師で、北条早雲とも親交があった。箱根湯本の地で没し、その墓が早雲寺に営まれた。
文化と武の交流
連歌師と戦国大名——文化と武の交流が、この寺の境内に静かに眠っている。戦国時代の文化的な厚みを感じさせる、貴重な歴史の証人である。早雲寺の宝物殿には、北条早雲をはじめとする一族の肖像画、書状、法具などが収蔵されており、特別公開時には戦国史の貴重な史料が公開される。
枝垂桜と季節の見どころ
春の名所として
早雲寺は、春の枝垂桜(しだれざくら)の名所としても知られる。本堂前の枝垂桜は樹齢を重ねた古木で、四月初旬から中旬にかけて見事に咲く。北条五代の墓所を背景に咲く桜は、戦国の儚さと美しさを静かに伝える。
静かな歴史散策
桜の季節は参拝者も増えるが、平日の朝早くなら、ほぼ独り占めで桜と歴史を堪能できる。新緑の五月、紅葉の十一月もまた境内が美しく、季節を変えて訪れる価値がある。
参拝時のポイント
アクセス: 箱根登山鉄道箱根湯本駅から徒歩約15分。小田急ロマンスカーで新宿から直通も
所要時間: 参拝・墓所見学で約1時間。宝物殿(特別公開時)も見るなら1時間半
必見: 山門、本堂、北条五代の墓、宗祇の墓、枝垂桜(春)
おすすめの時期: 桜の4月、新緑の5月、紅葉の11月
服装: 山あいで意外と冷えるので、羽織りもの推奨。境内は石段と砂利道が多い
拝観料: 通常拝観は無料(墓所は一部有料の場合あり)
ゆかりのスポット一覧
早雲寺(本寺・北条五代菩提寺)
小田原城(北条五代の本拠)
箱根神社(北条氏が篤く崇敬)
氏政・氏照の墓(小田原市内)
石垣山一夜城(秀吉の本陣)
関連人物: 北条早雲北条氏政
よくある質問
北条五代の墓はいつでも見られますか?
通常は墓所まで参拝可能です。ただし墓所は一部有料エリアの場合があり、寺務所での受付が必要なケースも。年に数回の特別公開期間(春の桜・北条氏ゆかりの行事日)に合わせて訪問すると、より深く解説を受けられます。
早雲寺と小田原城はセットで巡るもの?
戦国史好きには必須のセット巡礼です。朝に早雲寺で五代の墓に手を合わせ、午後に小田原城で支配の本拠を見学、夕方に氏政・氏照の墓で滅亡の地を弔う、という1日コースが定番です。
宝物殿の特別公開はいつ?
例年春の特別公開と秋の特別公開で、北条早雲・氏康・氏政らの肖像画、書状、法具が見学できます。日程は早雲寺公式サイトで事前確認を。北条家関係資料の展示は戦国史好きには見逃せない機会です。
枝垂桜の見頃は?
例年4月初旬〜中旬。樹齢を重ねた本堂前の枝垂桜が見事に咲きます。土日は混雑しますが、平日の早朝なら境内をほぼ独り占めできます。北条五代の墓を背景にした桜の写真は早雲寺ならではの景観。
連歌師宗祇の墓はどこ?
境内の北条五代墓所の少し離れた場所に飯尾宗祇の墓があります。室町〜戦国期の連歌界の最高峰だった宗祇は、北条早雲との親交から箱根湯本に逗留し、この地で没しました。戦国史だけでなく中世文学史のファンも訪れる墓所です。
最終更新: 2026年5月2日
箱根・早雲寺の山門——大永元年(1521年)北条氏綱建立の臨済宗大徳寺派寺院
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
早雲寺・北条五代墓——早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直の五輪塔
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
北条早雲(伊勢宗瑞)肖像——後北条氏の祖、戦国時代の幕開けを象徴する武将
Wikimedia Commons / Public Domain
早雲寺の枝垂桜——4月初旬から中旬の名所、北条五代墓所を背景に咲く
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
連歌師・飯尾宗祇の墓——戦国期の文化と武の交流を伝える
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
── 了 ──
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