聖地マップ
みんなの投稿
記録
辿る
マイページ
learn/[id]
時代
2 分で読める
「
ERA
「この世をば我が世とぞ思ふ」——藤原道長と望月の歌
平安時代、藤原道長は三人の娘を次々と天皇・皇太子の后とし、外祖父として朝廷の最高実力者となった。1018年、その絶頂で詠んだ「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」は、満月のように完全な権力を表す歌として知られる。摂関政治の頂点を極めた道長を解説する。
深く読み解く一冊
目次
MOKUJI
一
摂関政治の頂点
›
二
三人の娘を后にした男
›
三
望月の歌
›
四
栄華の果てに
›
五
ゆかりの地を訪ねよう
›
六
よくある質問
›
平等院鳳凰堂(宇治)——道長の別荘を子・頼通が寺とした。藤原摂関家の栄華を今に伝える世界遺産
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
「この世は、すべて私のものだ。満月に欠けるところがないように」——こんな自信満々の歌を詠んだ人物がいます。
平安時代の最高権力者・**藤原道長(ふじわらのみちなが)**です。
摂関政治の頂点
平安時代中期、政治の実権を握っていたのは天皇ではなく、藤原氏でした。
藤原氏は「娘を天皇の后にし、生まれた子(孫)を天皇に立て、外祖父(母方の祖父)として政治を動かす」という方法で権力を握りました。これを「
摂関政治(せっかんせいじ)
」と呼びます。
道長はこの摂関政治を極めた人物です。
平安朝の宮廷儀礼——道長が三人の娘を后とし、外祖父として君臨した摂関政治の世界
Wikimedia Commons / Public Domain
三人の娘を后にした男
道長の権力の源泉は、娘たちでした。
•
長女・
彰子(しょうし)
:一条天皇の中宮(紫式部が仕えた)
•
次女・
妍子(けんし)
:三条天皇の中宮
•
三女・
威子(いし)
:後一条天皇の中宮
なんと三人の娘が、それぞれ天皇の后となったのです。「一家立三后(いっかさんごうをたつ)」——一つの家から三人の后が立つという、前代未聞の事態でした。
道長は天皇たちの外祖父として、朝廷を完全に掌握しました。
望月の歌
石山寺(滋賀)——道長の娘・彰子に仕えた紫式部ゆかりの寺。道長の時代の平安文化を伝える
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
1018年、三女・威子が後一条天皇の中宮に立てられた祝いの宴席で、道長はあの有名な歌を詠みました。
「
この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば
」
意味は「この世はすべて私のものだと思える。満月が少しも欠けていないように、私の権力には何の不足もない」。
満月(望月)のように完璧な権力を手にした満足感を表した歌です。これほど露骨に「自分は満ち足りている」と詠んだ歌は珍しく、道長の権力の絶頂を象徴する歌として千年語り継がれています。
栄華の果てに
権力の絶頂を極めた道長でしたが、晩年は病に苦しみました。
道長は壮大な寺院「法成寺(ほうじょうじ)」を建立し、極楽往生を願いました。しかし法成寺は現存せず、道長の栄華の象徴は今は残っていません。
道長の子・頼通(よりみち)が宇治に建てた
平等院鳳凰堂
は、藤原氏の栄華を今に伝える数少ない建築です。
ゆかりの地を訪ねよう
平等院
(京都府宇治市)は道長の別荘を子・頼通が寺にしたもので、藤原摂関家の栄華を体感できる世界遺産です。
道長の娘・彰子に仕えた紫式部ゆかりの
石山寺
(滋賀県)も平安文化を感じられるスポットです。
藤原道長のゆかりの地一覧
でほかのスポットも確認してください。
よくある質問
望月の歌は道長自身が記録したの?
いいえ。この歌は道長の日記「御堂関白記」には載っておらず、ライバルの藤原実資の日記「小右記」に記録されています。皮肉にも、道長を快く思わない人物の記録によって後世に伝わりました。
摂関政治はその後どうなった?
道長・頼通の時代が摂関政治の頂点でした。その後、天皇家が権力を取り戻す「院政」が始まり、やがて武士の時代(平氏・源氏)へと移っていきました。
最終更新日:2026年6月3日
── 了 ──
この記事は
♡ 役に立った
⤴
この記事の人物
藤
藤原道長
摂関政治の頂点・望月の歌
›
詣
ゆかりの地を訪ねる
記事で読んだ歴史は、現地に立つとさらに深く実感できます。下のスポットや巡礼コースから、次の参拝先を選んでみませんか。
1. 平等院
平等院は京都府宇治市に位置し…
›
石
2. 石山寺
紫式部が源氏物語の着想を得たと伝わる文学史上の聖地
›
巡礼コース
日本の寺社100選【京都・大阪・兵庫】
全 28 スポットを巡る
›
巡礼コース
古寺100選⑤近畿・京都
全 29 スポットを巡る
›
あわせて読みたい記事
千
共通のスポット
千年読み継がれる世界最古の長編小説——紫式部と源氏物語
平安時代の女房・紫式部が著した「源氏物語」は、世界最古の長編小説とも言われる。光源氏を主人公に、貴族社会の恋愛と人間模様を描いたこの物語は、千年経った今も読み継がれ、世界中で翻訳されている。石山寺で構
›
式
共通のスポット
式神を操った平安の陰陽師——安倍晴明の伝説と真実
安倍晴明は平安時代中期、天体の異変から吉凶を占う「陰陽師(おんみょうじ)」の最高権威として朝廷に重用された。式神を操り、呪術で災いを払ったという伝説に彩られた人物だが、実在の優れた天文学者・暦学者でも
›
正
共通のスポット
正月のかるたの原点——藤原定家と小倉百人一首
鎌倉時代の歌人・藤原定家が選んだ「小倉百人一首」は、100人の歌人の和歌を一首ずつ集めたもの。もとは山荘の障子を飾るために選ばれたが、後に「かるた」となって日本中に広まり、現在も正月の風物詩として親し
›
一 期 一 会
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
✕