元久2年(1205年)、継室・牧の方と共謀して三代将軍・実朝を廃し、牧の方の女婿・平賀朝雅を将軍に擁立しようとしたとされる「牧の方の陰謀」が発覚。義時と政子が実朝を保護し、時政の屋敷を軍で包囲、出家・伊豆退去を強制した。
願成就院(静岡県伊豆の国市)に所蔵される国宝・運慶作仏5体(阿弥陀如来坐像・毘沙門天立像2体・不動明王坐像2体)は現地で拝観できる。見学は時間制(要確認)で、隣接する展示館で詳細な解説も見られる。北条時政の鎌倉草創への貢献と運慶美術を同時に体験できる貴重な場所だ。
修善寺(修禅寺)は静岡県伊豆市にある天台宗の古刹で、弘法大師(空海)の創建とも伝わる。源頼家が幽閉・暗殺された地として知られ、境内に頼家の墓がある。竹林や伊豆の温泉地としても有名で、1日かけて伊豆を訪問する際には修善寺〜願成就院をセットで参拝するのがおすすめ。
当初は平家方の監視役として頼朝を預かっていた時政だが、政子と頼朝の恋愛・婚姻後は頼朝の義父として協力関係に転じた。頼朝の挙兵(1180年)を支援し、軍事的・政治的に幕府草創を助けた。頼朝が鎌倉幕府を確立した後も側近として重用され、頼朝没後は実権を掌握していった。
鶴岡八幡宮は時政が篤く崇敬した武家の守護神で、幕府草創期からの重要な祭祀の場だった。建仁3年(1203年)の比企能員の変(比企能員が八幡宮に招かれて殺害された)はまさに八幡宮が舞台となった重大事件で、時政の政権掌握の転換点となった。