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奈良・東大寺と大仏参拝ガイド:奈良時代の信仰と史跡を解説
聖武天皇が国家鎮護を祈って743年に発願し752年に開眼供養を行った東大寺大仏は奈良時代の国家仏教の頂点。世界最大の木造建築・大仏殿と高さ14.98メートルの盧舎那仏、春日大社・興福寺の阿修羅像・世界遺産の法隆寺まで奈良の史跡を完全解説する。
目次
MOKUJI
聖武天皇と東大寺創建
大仏殿と大仏の詳細
春日大社・興福寺・法隆寺
まとめ——奈良の古社寺参拝コース
よくある質問
東大寺の大仏(盧舎那仏)は、天平15年(743年)に聖武天皇が詔を発し、天平勝宝4年(752年)に開眼供養が行われた奈良時代最大の国家プロジェクトであり、高さ14.98メートル・重量約250トンの国宝の金銅仏として現在も世界最大級の金銅仏のひとつに数えられる。 東大寺は華厳宗の大本山として全国の国分寺を統括する「総国分寺」に位置づけられ、「奈良の大仏」の名で日本人に最も親しまれる文化財。ユネスコ世界文化遺産「古都奈良の文化財」(1998年)に含まれる。本記事では聖武天皇の創建の意図、大仏殿と大仏の詳細、奈良公園エリアの春日大社・興福寺、そして近郊の法隆寺まで奈良の史跡参拝を完全解説する。
聖武天皇と東大寺創建
疫病・天変地異・政争——なぜ大仏が必要だったか
奈良時代中期は天平の疫病(737年の天然痘大流行)・旱魃・長屋王の変(729年)・藤原広嗣の乱(740年)など、社会不安が重なった時代だった。聖武天皇は仏教の「鎮護国家」思想に基づき、全国に国分寺・国分尼寺の建立を命じ(741年)、さらに全国の国分寺を統べる「総国分寺」として東大寺の建立と大仏の造立を発願した(743年)。「この世の全ての生き物が幸せであるように」という願いを大仏に込めた聖武天皇の詔は、仏教的慈悲と政治的統治を結びつけた奈良時代の精神を象徴する。
大仏開眼供養(752年)——インドの僧も参列
天平勝宝4年(752年)4月9日、大仏の開眼供養が盛大に行われた。聖武上皇・光明皇太后・孝謙天皇が参列し、インドの高僧・菩提僊那(ぼだいせんな、バラモン出身でインド→唐→日本と渡来)が開眼の筆を入れた。伎楽・舞楽・雅楽・唐楽・林邑楽など各国の音楽が演奏され、一万人以上が参加したと伝わる。当時の国際色豊かな奈良の都の様子を今に伝える歴史的行事。
度重なる焼失と再建——平重衡の火攻めと頼朝の再建支援
東大寺は創建以来、平安末期の治承4年(1180年)に平重衡の南都焼打ちで大仏殿が焼失、南北朝時代の1567年には三好松永の兵の焼打ちで再び焼失した。いずれも再建され、現在の大仏殿は宝永6年(1709年)の再建。なお治承の焼打ち後の再建(1195年)では、源頼朝が東大寺の復興を支援し、供養に際して鎌倉から上洛したことが知られる。
大仏殿と大仏の詳細
世界最大級の木造建築——大仏殿
東大寺の大仏殿(金堂)は高さ48.74メートル・幅57.01メートル・奥行き50.48メートル、現存する世界最大の木造建築。創建当時はさらに一回り大きかったが、再建時に縮小された。大仏殿の前には鏡池・鐘楼(国宝の梵鐘)があり、南大門には運慶・快慶作の仁王像(金剛力士像)が安置されている。南大門の仁王像は高さ8.4メートルで日本最大の仁王像、国宝。
盧舎那仏——大仏の詳細と「大仏の鼻の穴」
大仏(盧舎那仏)は国宝指定の金銅仏。高さ14.98メートル(台座含む18.03メートル)、顔の長さ5.33メートル、耳の長さ2.54メートル。像の右手は「施無畏印(せむいいん)」、左手は「与願印(よがんいん)」の印相を結ぶ。柱の穴くぐり——大仏殿内の柱のひとつに大仏の鼻の穴と同じ大きさの穴(37cm×30cm)があり、くぐり抜けると無病息災・頭がよくなるとの伝説がある。子供向けの見どころだが大人でも小柄な人はチャレンジ可能。
春日大社・興福寺・法隆寺
春日大社——奈良を代表する神社
春日大社は藤原氏の氏神として奈良時代(768年)に創建された、全国約3,000社の春日神社の総本社。奈良を代表する神社として世界遺産に含まれる。参道に並ぶ約3,000基の燈籠(石燈籠・釣燈籠)は圧巻で、2月の節分万燈籠・8月のお盆万燈籠ではすべての燈籠に灯がともる。原始の照葉樹林を保護する「春日山原始林」もユネスコ世界遺産。
興福寺——藤原氏の菩提寺・阿修羅像
興福寺は藤原不比等が710年に現在地に移した藤原氏の菩提寺。五重塔は室町時代再建で高さ50.1メートル、東大寺の南の定番スポット。国宝館には天平時代の傑作・阿修羅像(八部衆像)が安置され、三面六臂の独特な姿が参拝者を魅了する。2024年には中金堂が復元され、往時の伽藍の姿を取り戻しつつある。
法隆寺——世界最古の木造建築群
法隆寺は奈良盆地の西、斑鳩の里に立つ聖徳太子が創建した(607年)寺院。西院伽藍は世界最古の木造建築群として1993年に日本初のユネスコ世界文化遺産に登録。五重塔・金堂は飛鳥時代の建築を今に伝える。夢殿に安置された救世観音像は聖徳太子の等身大の像とされる秘仏。東大寺から電車で30分ほどの距離にあり、奈良一泊二日コースに組み込むのが定番。
まとめ——奈良の古社寺参拝コース
ゆかりのスポット一覧
東大寺を核に奈良公園エリアと斑鳩を組み合わせた一泊二日コース。
東大寺(大仏殿・大仏・南大門仁王像)
春日大社(燈籠3,000基・春日山原始林)
興福寺(阿修羅像・五重塔)
法隆寺(世界最古の木造建築群)
参拝時のポイント
奈良公園の鹿(約1,200頭)は国の天然記念物で、鹿せんべいを持って歩くと囲まれる。東大寺→興福寺→春日大社と歩いて周遊できる距離にあり、一日で主要三社寺を参拝できる。法隆寺は近鉄・JR法隆寺駅からバスでアクセス。大仏殿の柱の穴くぐりは早朝の空いている時間帯が楽。
よくある質問
東大寺の大仏の入館料と時間は?
大仏殿の拝観料は大人600円。開館時間は4月〜10月が7時30分〜17時30分、11月〜3月が8時00分〜17時00分。南大門・戒壇堂・東大寺ミュージアムは別途拝観料が必要。奈良公園のエリアは無料で散策できる。
大仏はなぜ金色でないのか?
創建時は全体に金箔が施されていたが、平安時代以降の焼失・再建のなかで鍍金が失われた。現在の銅色は経年変化で酸化した状態。頭部の「螺髪(らほつ)」は江戸時代の再建時のものが混在し、創建当時の奈良時代の金銅仏の姿は国立博物館の模型や発掘資料から確認できる。
法隆寺と東大寺の創建年代の差は?
法隆寺は607年(推古15年・聖徳太子創建)、東大寺は752年開眼で約145年の差がある。法隆寺は飛鳥時代の建築で仏教の黎明期、東大寺は奈良時代の国家仏教の頂点。同じ仏教でも時代の異なる信仰の姿を比べて参拝すると歴史の流れが実感できる。
奈良の鹿はどこで見られる?
奈良公園全域(東大寺〜春日大社〜若草山)に約1,200頭が生息。春日大社の神使(しんし)として保護されている。鹿せんべいは公園内の売店で購入可(1束200円程度)。5月〜6月は子鹿の産まれる季節で特に愛らしい。鹿が車道を横断することも多いため、奈良市内の運転時は注意が必要。
最終更新: 2026年5月20日
東大寺大仏殿——世界最大の木造建築、高さ48.74メートル
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
春日大社の社殿——藤原氏の氏神・全国約3,000社の春日神社総本社
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
興福寺の五重塔——高さ50.1メートル、室町時代再建の国宝
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
法隆寺の西院伽藍——世界最古の木造建築群、1993年世界遺産登録
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
東大寺の廬舎那仏(大仏)——高さ14.98m、天平15年(743年)発願の国宝
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
── 了 ──
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