近鉄奈良駅からバス10分
奈良県奈良市春日野町160
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良縁成就・恋愛成就・夫婦円満。出雲大社・地主神社・川越氷川神社などが有名。
御祭神「武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神」のご神徳に由来
お祭り・行事
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約3000基の石燈籠と釣燈籠に灯が入り、幽玄な雰囲気に包まれる春日大社の節分行事。
世界遺産。神護景雲2年(768年)に藤原永手が平城京の守護として創建した藤原氏の氏神。武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神を祀る。春日山原始林を神域に持ち、約3000基の石灯篭と釣灯篭が参道を彩る幽玄な景観で知られる。毎年2月と8月の「万燈籠」は全ての灯籠に火を灯す幻想的な神事として名高く、奈良を代表する祭礼の一つ。東大寺・興福寺とともに奈良公園を形成し、奈良観光の中核を成す格式高い神社。奈良の鹿が境内を自由に歩く神鹿の地としても有名。
神護景雲2年(768年)、藤原永手が鹿島神宮の武甕槌命・香取神宮の経津主命・枚岡神社の天児屋根命と比売神の四柱を御蓋山の麓に祀り、藤原氏の氏神として創祀した。平安時代以降は隣接する興福寺との神仏習合が進み、「春日興福寺」と一体で南都の信仰の中枢となった。貴族・武家・町人の広範な崇敬を集め、信者による燈籠奉納で約3000基の石灯籠・釣灯籠が参道を埋める「日本一の燈籠の神社」となった。創建以来ほぼ20年ごとに本殿を造替する式年造替の伝統が今も続く。慶応4年(1868年)の神仏分離令により興福寺から完全に分離し、明治4年(1871年)に官幣大社春日神社に列格。昭和21年(1946年)に現社名「春日大…
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藤原永手(714-771)は藤原北家の人物で左大臣を務め、神護景雲2年(768年)に春日大社を創建したと伝わる。鹿島神宮の武甕槌命・香取神宮の経津主命・枚岡神社の天児屋根命と比売神の四柱を御蓋山の麓に勧請し、藤原氏の氏神社として位置づけた。永手は称徳天皇の時代に光仁天皇即位を実現させた政治家としても知られ、藤原氏中興の祖として春日大社創建を通じて一族の精神的基盤を確立した。
春日大社は藤原氏の氏神として、藤原道長をはじめとする藤原摂関家の権力と不可分に結びついていた。道長は「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と詠んだ権力の絶頂期、春日大社への崇敬を政治的な正統性の源として活用した。隣接する興福寺(藤原氏の氏寺)とともに、奈良における藤原氏の精神的基盤を形成した。
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