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興福寺
興福寺
奈良県
創建
710
種別
寺院
アクセス
近鉄奈良駅から徒歩5分
奈良県奈良市登大路町48
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基本情報
寺院
創建 710
1316年目
御祭神・御本尊
釈迦如来
宗派
法相宗
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
概要
藤原氏の氏寺として栄えた南都七大寺の一つで世界遺産。和銅3年(710年)の平城遷都に際して藤原不比等が現在地に移した。高さ50.1mの五重塔は東大寺の大仏殿とともに奈良のシンボル。阿修羅像をはじめとする国宝の仏像群を収蔵する国宝館が有名で、仏像ファンの聖地として多くの参拝者が訪れる。中金堂は平成30年(2018年)に再建完成した。東金堂(国宝)・北円堂など古代建築が奈良公園に佇む法相宗の大本山で、春日大社とともに奈良を代表する世界遺産。
由緒
天智天皇8年(669年)、藤原鎌足の夫人・鏡王女が夫の病気平癒を願って山背国山階に建てた山階寺が起源と伝わる。和銅3年(710年)の平城遷都に際し、藤原不比等が現在地に移して「興福寺」と号し、和銅7年(714年)に中金堂が供養された。法相宗の大本山として栄え、平安期には隣接する春日社との神仏習合で「春日興福寺」と称される強大な勢力を築き、大和国の荘園の大半を領有する「南都北嶺」の南の雄として事実上の大和一国支配を行った。治承4年(1180年)の平重衡による南都焼討で主要伽藍を焼失するも、鎌倉期に運慶ら慶派仏師の指導のもと復興し、阿修羅像ほか国宝仏像群の多くが整備された。享保2年(1717年)の…
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710
奈良遷都
710年(和銅3年)、元明天皇が藤原京から平城京(現在の奈良県奈良市)に遷都した。平城京は唐の長安を模した碁盤の目状の都城で、東西約4.3km・南北約4.8kmに及ぶ広大な計画都市だった。奈良時代(710〜794年)の約80年間、平城京は日本の政治・文化・宗教の中心として栄え、東大寺・法隆寺・興福寺などの仏教建築が相次いで建立された。「万葉集」が編まれ、「古事記」「日本書紀」が撰録されたのもこの時代である。国際色豊かな天平文化の中心地として、シルクロードの終着点ともいわれる。
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藤原道長とのつながり
興福寺は藤原氏の氏寺であり、その盛衰は摂関政治の興隆と軌を一にした。藤原道長は「望月の歌」で世を謳歌した権力の絶頂においても、氏寺・興福寺と氏神・春日大社への崇敬を欠かさなかった。摂関家の庇護により五重塔や中金堂が整備され、南都仏教の拠点として栄えた。

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