大永6年(1526年)、甲斐国(山梨県)に住んでいた因幡守貞宗の長男・蔵人が武蔵国足立郡に移住。その子・佐右衛門尉義重が天正2年(1574年)にこの地を開拓し、八幡神社を勧請して創建した。「元宿」の名は、千住宿が日光街道の宿場として正式設置(1625年)される以前から存在していた古い宿場集落を意味する。千住の「原初の集落」であり、この地から千住の町が発展していった。
別当寺は長円寺(新義真言宗・月松山正光院)で、神仏習合の時代には長円寺が祭祀を管理していた。明治の神仏分離により独立した神社となった。明治35年(1902年)に建立された感旧碑は元宿の開拓と歴史を後世に伝えるために建てられたもの…