寛永4年(1627年)、出羽国(現・山形県)湯殿山の修験行者・運海がこの地に草庵を結んだことに始まる。その後弟子の見春が寺院として整備した。千住宿が日光街道の初宿として正式に設置された直後の創建であり、宿場の発展とともに歩んできた寺院である。
境内には江戸時代に造立された六地蔵が旅人の安全と死者の冥福を祈って並び立ち、千住宿を往来した旅人たちの信仰を今に伝える。また四国八十八ヶ所巡礼の石碑群は、長旅ができない江戸庶民が境内を巡ることで遍路と同等の功徳を得られるよう設けられたもので、庶民の切実な信仰心を示す貴重な遺構。魚籃観音像は漁業関係者の信仰も集めた。