慶長15年(1610年)、徳川二代将軍秀忠の命により千住の地に創建された浄土宗の寺院である。千住は同年代に日光街道・奥州街道の第一の宿場町として整備されており、源長寺はその宿場町形成と軌を一にして開かれたとされる。江戸時代を通じて、日光街道を往来する旅人や参勤交代の大名行列に宿場の寺院として親しまれ、信仰の拠点となってきた。本尊の阿弥陀如来像は江戸時代の作とされ、浄土宗の端正な様式を今日に伝える。境内に残る江戸時代の石仏群や庚申塔は、宿場町特有の民間信仰文化の厚みを示す貴重な遺構である。明治以降の近代化や第二次世界大戦の戦禍を経ながらも、寺院は千住の地に存続し、地域住民の菩提寺として法灯を守り…