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愛知縣護國神社
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愛知縣護國神社
愛知県
名古屋城隣に鎮座し明治維新から太平洋戦争まで約9万3千柱を祀る愛知の護国の社
創建
1869
種別
神社
アクセス
名古屋市営地下鉄名城線・市役所駅5番出口より徒歩7分、または鶴舞線・丸の内駅1番出口より徒歩10分
愛知県名古屋市中区三の丸1-7-3
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基本情報
神社
創建 1869
157年目
御祭神・御本尊
明治元年(1868年)以来の戦没者英霊 約9万3千柱
概要
名古屋市中区三の丸に鎮座し、明治維新以来の国難に殉じた愛知ゆかりの英霊約9万3千柱を奉斎する護国神社。名古屋城の北東隣に位置する。明治2年(1869年)、尾張藩主・徳川慶勝が戊辰戦争で散った尾張藩士25柱を祀るため「旌忠社(せいちゅうしゃ)」として創建。昭和14年(1939年)に「愛知縣護國神社」と改称された。昭和20年(1945年)3月の名古屋大空襲で社殿を全焼したが、昭和33年(1958年)に本殿・拝殿が再建された。境内東側の「昭和の森」には戦艦大和の46センチ砲弾実物を含む29基の石碑が立ち並び、英霊を静かに悼む空間となっている。毎年8月15日には慰霊祭が行われる。
由緒
愛知縣護國神社の起源は、明治元年(1868年)に尾張藩主・徳川慶勝が戊辰戦争で散った藩士の霊を慰めるために設けた招魂の場に求められる。翌明治2年(1869年)に「旌忠社(せいちゅうしゃ)」として正式に創立され、越後枝道峠などで戦死した尾張藩士25柱の霊を奉斎した。その後「招魂社」「愛知招魂社」と名を変えながら増祀を重ね、明治34年(1901年)には内務省所管の招魂社に列格。大正7年(1918年)に名城公園北庭苑(旧北演習場)へ移転し、昭和10年(1935年)に現在地の名古屋城隣・三の丸へ遷座した。昭和14年(1939年)に「愛知縣護國神社」と改称し、内務省指定護国神社となった。昭和20年(19…
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ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「明治元年(1868年)以来の戦没者英霊 約9万3千柱」のご神徳に由来
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