明応8年(1499年)、久遠寺第11世法主・行学院日朝が草庵「清龍寺」を結んだことが起源とされる。天正11年(1583年)に足利義昭に仕えた渋谷越後守義重が、夢のお告げを受けてこの地に寺院創建を志し、律正院日題を開山として「青柳寺」を建立した。江戸時代には寺小屋として地域教育の場となった。明治17年(1884年)7月31日、上鶴間周辺の農民約300名が金融問題を協議するために境内に集会し、武相困民党の結成のさきがけとなった。境内には「武相困民党発祥之地碑」が建てられている。昭和56年(1981年)まで使用された庫裡は神奈川県指定重要文化財に指定され、相模川自然の村公園に移築・復元された。