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飛鳥山公園(渋沢栄一旧邸跡)
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飛鳥山公園(渋沢栄一旧邸跡)
東京都
創建
1720
種別
史跡
アクセス
JR王子駅南口から徒歩すぐ
東京都北区王子1-1-3
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基本情報
史跡
創建 1720
306年目

お祭り・行事
2

5月
3
飛鳥山公園 薪能
今月開催
北区・飛鳥山公園で行われる春の薪能。かがり火に照らされた野外能舞台で、流派の能楽師による奉納公演が夜の公園に幽玄の世界を作り出す。桜の名所として名高いこの公園の新緑の中で行われる春の風雅な行事。
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概要
享保5年(1720年)に八代将軍・徳川吉宗が約270本の桜を植えて庶民に開放した江戸の花見の名所として知られる。明治以降は実業家・渋沢栄一がここに邸宅「曖依村荘」を構え、約40年間にわたって約500の企業設立に関わりながら国内外の要人を迎えた。園内には渋沢史料館・青淵文庫・晩香廬(いずれも国重要文化財)が残り、新一万円札の肖像となった渋沢の生涯を学べる。春は北区随一の桜の名所。JR王子駅南口からすぐ。
由緒
飛鳥山は、享保5年(1720年)に江戸幕府八代将軍・徳川吉宗が王子権現の社域に約270本の桜を植樹し、庶民に開放したことに始まる。それ以前から眺望の良い景勝地として知られていたとされるが、吉宗による整備によって江戸随一の花見の名所として広く親しまれるようになり、春には身分を問わず多くの人々が訪れた。幕末期には飛鳥山を詠んだ狂歌や浮世絵にも描かれ、庶民文化の象徴的な場となった。明治時代に入ると、実業家・渋沢栄一が明治12年(1879年)頃よりこの地に邸宅「曖依村荘」を構え、以後約40年にわたって居住した。渋沢はここを拠点に国内外の要人を迎え、約500の企業・団体の設立に関わるなど日本近代経済の礎…
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関連する歴史的事件
4

1868
文明開化
明治維新後の日本が積極的に西洋文明を吸収した時代潮流「文明開化」。洋服・牛鍋・ガス灯・鉄道・電信・新聞などが急速に普及し、髷を切った「散切り頭」が流行した。福沢諭吉の「学問のすゝめ」(1872年〜)が「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」の一節で平等主義を広め、西洋思想の普及に貢献した。岩倉使節団(1871〜73年)が欧米の政治・産業・教育制度を調査し、その成果が以後の近代化政策に活かされた。文明開化は日本の伝統と西洋近代の衝突と融合の時代として、現在の日本社会の基盤を形成した。
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1872
国立銀行条例(渋沢栄一)
1872年(明治5年)11月15日、明治政府が公布した近代日本最初の銀行法規。渋沢栄一(1840-1931・大蔵省改正掛掛長)が米国のナショナル・バンク制度を手本に起草、伊藤博文(税関長)と連名提案。設立資本金の60%を政府発行の金禄公債(旧武士の秩禄処分で発行)で払い込ませ、残り40%を正貨(金貨)で準備とする規定で、民間資本による銀行設立を認めた。「国立」とは「国法に基づく」という意味で、国営銀行ではない。1873年7月20日、渋沢自身が第一国立銀行(現・みずほ銀行の源流の一つ)を東京兜町(日本橋)で設立(初代頭取・渋沢)、同年第二国立銀行(横浜)、1876年第三国立銀行(東京・安田善次郎)、1877年第十五国立銀行(華族銀行)など全国に153行が設立された。1882年日本銀行設立(1885年日銀券発行開始)により発券機能が日銀に一元化、国立銀行は1896-1899年に普通銀行に転換された。渋沢は以後約500社の企業設立に関与し「日本資本主義の父」と呼ばれる。
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1873
第一国立銀行設立
明治6年(1873年)、渋沢栄一が日本初の銀行・第一国立銀行を東京・兜町に設立した。渋沢はパリ万博でヨーロッパの金融制度を学び、株式会社制度と銀行制度を日本に導入。「民の力で国を富ませる」という信念のもと、生涯で約500の企業と約600の社会事業の設立に関わった。2024年に新一万円札の肖像に採用。
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