1196年(建久7年)、足利義兼が足利荘の中心地に居館を構え、その地に持仏堂を建立したのが鑁阿寺の起源とされる。義兼は真言宗を深く信仰し、この持仏堂を一堂に整備したと伝わる。その後、足利義氏の代に七堂伽藍が整えられ、足利氏の氏寺として発展を遂げた。現存する本堂は1299年(正安元年)の建立とされ、鎌倉時代の建築様式を今日に伝える国宝である。南北朝・室町時代には足利氏の庇護のもと寺運は隆盛し、多宝塔・鐘楼・経堂などが整備された。戦国期には一時的な衰退もあったと伝わるが、江戸時代に入ると徳川幕府の保護を受けて復興が進んだ。明治の廃仏毀釈の影響を受けつつも寺域は維持され、1921年(大正10年)には…